私は尾瀬に行かない。
昨日は、友人のお父さんの葬式に出るため長野へ往復しました。
おかげで今日は朝から、夏の疲れと合わさってか、熱っぽいような血圧が高いような、食欲がないような、チョット辛い一日でした。
尾瀬が独立した国立公園になったと大きく報道されていましたが、実は私は、もうよほどのことがない限り尾瀬には行くまいと決めています。
20代も半ばのころ、夏と秋に二度ほど尾瀬に入り、在りし日の平野長英さんご夫妻や、亡くなった息子の長靖さんの奥様はじめ、尾瀬にあるたくさんの山小屋の関係者など、尾瀬の自然の体をはって守ってきた方々と、じかに会ってお話を聞く機会がありました。
私のささやかな”決意”は、そんな中で得た結論でした。
たとえば、「風呂に入りたい」とか、コンテスト用の写真を撮りたいからと入ってはいけない湿原に入り込んで踏み荒らすとか。湿原という閉塞したデリケートなバランスの上に成り立っている場所に行って、求めたりやったりすることではないでしょ?。
少なくとも一人そこを歩けば、必ずその分だけそこの自然が壊れますよね。
もちろん、心を癒しに尾瀬に行くことは、ぜひお勧めしたい。一度は尾瀬に足を運んで欲しい。でも、正直言って尾瀬の「定員」は限られています。その枠をひとつでも空けるため「私は行かない!」。って言ったらかっこつけすぎ、ですね。やっぱ・・・。

写真は昨夜ちょこっとだけ顔を出したお月様。ヘトヘト状態ででかい望遠鏡を動かす気力がないので、例の3センチ望遠鏡でササッと撮影してみました。ま、こんな時のために作ったようなものですから・・・。
おかげで今日は朝から、夏の疲れと合わさってか、熱っぽいような血圧が高いような、食欲がないような、チョット辛い一日でした。
尾瀬が独立した国立公園になったと大きく報道されていましたが、実は私は、もうよほどのことがない限り尾瀬には行くまいと決めています。
20代も半ばのころ、夏と秋に二度ほど尾瀬に入り、在りし日の平野長英さんご夫妻や、亡くなった息子の長靖さんの奥様はじめ、尾瀬にあるたくさんの山小屋の関係者など、尾瀬の自然の体をはって守ってきた方々と、じかに会ってお話を聞く機会がありました。
私のささやかな”決意”は、そんな中で得た結論でした。
たとえば、「風呂に入りたい」とか、コンテスト用の写真を撮りたいからと入ってはいけない湿原に入り込んで踏み荒らすとか。湿原という閉塞したデリケートなバランスの上に成り立っている場所に行って、求めたりやったりすることではないでしょ?。
少なくとも一人そこを歩けば、必ずその分だけそこの自然が壊れますよね。
もちろん、心を癒しに尾瀬に行くことは、ぜひお勧めしたい。一度は尾瀬に足を運んで欲しい。でも、正直言って尾瀬の「定員」は限られています。その枠をひとつでも空けるため「私は行かない!」。って言ったらかっこつけすぎ、ですね。やっぱ・・・。
写真は昨夜ちょこっとだけ顔を出したお月様。ヘトヘト状態ででかい望遠鏡を動かす気力がないので、例の3センチ望遠鏡でササッと撮影してみました。ま、こんな時のために作ったようなものですから・・・。
この記事へのコメント
激しく同感!
行ってみたいのはありますけど、それがその状況を破壊する一因になってるのならば別に行かなくてもいいかな?とも思う。
もちろん、山に星の写真を撮りにいくのもある意味同じ状況なのかしれません。
もちろん、それと日常の生活が及ぼしている影響と比べてどうなのかとか?考えはじめるとキリがありませんけど。
あるていど、自分の中だけのことではありますけど少なくとも良い方向、悪くならない方向を向いていたいなと思います。
(いつまでも若くないのだから?)
確かに星屋の山行きも、山中に車で乗り込むということでは似たようなものかも知れませんね。でも、身勝手な言い訳かもしれませんが、星屋のそれは、ほかの山に行く趣味に比べたら、ダメージは最低レベルかなと思っています。もちろん電源に発電機を回したりエンジンをかけっぱなしにするのはすのは論外ですけどね。要は自然に対するダメージに配慮するかしないか、ってとこが分かれ目でしょうか?
と、お気遣い感謝!
性格的に燃費も悪いし馬力も持久力もないので、故障する前にすぐ動け(か)なくなっちゃう。稼働時間が短いから部品取りにはいいかも…。
ワタシも部品取りに登録していますけど、
もう数年で耐用期限に達してしまいます。
ま、使う機会がないほうがいいですけど~。
尾瀬の観光客が減りだすまでは行くまいと決めていました。たしか少し減ったというニュースを聞いたことがありましたが、それでも行きませんでした。(エヘン)
それは殊勝な心がけで…。
それにしても、一丁前の“山屋”さん(山師じゃないよ)が、何度も何度も行きたがるのか、チョット理解に苦しみます。行く度に壊れていっているのが分からないのかしら?で、その原因の一部がその人自身にあるってことくらい分かってほしいね。
ま、百名山の登り競争している方々にはわかんないだろうけど…。(あ、それが大半かぁ)